アイソレーションタンクを内外に反転する

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2009.01.29 Thursday by 小野満麿

■2009年01月22日の日記『内なるエアコン・外なるエアコン』で、想像力を用いれば暑さ寒さの感覚も案外自在に変えられるという類のことを書いた。真夏の暑い時は真冬のあの身を切るような寒さを取っておけたらいいのにと思う。また真冬の寒い時には逆になぜあの真夏の暑いといううだるような感覚を記憶していないのかと考える。人間は暑さ寒さの元である物理的状態も、暑さ寒さを感じた感覚の身体記憶も保持できないのだ。

■まあそれが普通の人間の常態である。様々な気候を操作でき、かつ諸般の感覚記憶を身体上に留めておいたら、ノーマルな日常生活そのものが様変わりしてしまうだろうから致し方ない。味覚や嗅覚は自己催眠的にある程度鈍らせたり鋭敏にしたりできる。私たちは拷問的光量下でもない限り視覚は目を閉じれは遮断できるし、騒音下でも聴覚は意識的に音高帯域を選択したり、方向の指向性を持って対処することができる。

■皮膚感覚には温度覚のほかに触覚や痛覚もある。私たちは感覚器官が鋭くならざるを得ない状況の時には、脳内物質を分泌したり、細胞レベルで内圧を高めたり、イメージ力で逆の感覚を作り出したりすることで、状況にカウンターを当てたり感覚を鈍化させたりすることができる。しかし「人は地面に触れる時自らの足に触れる」という表現があるように、逆に見れば外的刺激があって初めて身体感覚を自覚することができるのだ。

■しかし盛夏や厳冬などの気候の厳しい時に間逆の感覚をイメージするのであれば、むしろ気候の穏やかな春や秋の方が、暑さ寒さの逆のイメージングがたやすいのではなかろうか?…自らの感覚に問うて出した答はNO!だった。刺激が少なければそれから逃れようと強く望む気持ちも弱く、むしろその感覚にカウンターを当てるまでもなく意識しないで過ごすことができてしまう。では外部刺激がなくなったらどうなるのだろう。

■ジョン・C・リリーが考案したアイソレーションタンクというものがある。内部に高濃度の硫酸マグネシウム溶液を入れ、その中に浮かぶことによって視覚・聴覚・温覚などの感覚を遮断するタンクである。現在日本では、東京都港区白金にあるリラクゼーションサロンECCOというところに、フローティングジェルと呼ぶタンクが常設されている。実は私はそこのM氏のご好意で、それを体験させてもらったことがある。

■物理的な環境が身体感覚に与える刺激をイメージで打ち消したり逆に持っていったりするのは、かなり能動的な操作である。しかしその外的刺激がほとんどなくなると、意識的に感覚をイメージ操作してみようと試みてもほとんど上手くいかない。まず能動的に操作しようという意識そのものが萎えしぼむ。そして内部からの感覚や記憶と区別がつかなくなってしまう。気がつけば受動的感覚と記憶一辺倒を体験しているのだ。

■見た夢を伝えようと言葉にした時点でそれは別ものになる。同様にアイソレーションタンクの中での体験を言葉で表現するのは難しい。おそらく体験内容の個人差も大きいに違いない。そこであえて挑戦的に「この日常生活の感覚もまたアイソレーションタンクの中である」と個人的感覚を表現してみる。現代生活において狂気に陥らないために、私たちはいかに多くの感覚遮断をし、そして受動的反応に甘んじていることだろう。

■陰謀論者のように現代社会を否定したり、アイソレーションタンクを貶めたりするつもりはない。自らの内面世界に湧き上がるイメージやビジョンを不安や恐怖でゆがめることなく味わい、そしてこの現実として共通認識している外面世界において意識的にイメージと創造力を用いて適応能力を強化することとは、個人の『内なるアイソレーションタンク・外なるアイソレーションタンク』として相補的につながっていくに違いない。

「METATRONIC METALOGUE」より転載

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